アルエを綾波レイとして捉えると…

アルエについて思ったんだけど、あれってなんつうか哀しい唄のように思えてきた。だって、「綾波」に向かって、

「そんな寒いトコ今すぐ出て こっちへおいで」

だぜ?もうゾクッとするよ。綾波について言えば、彼女は「住む次元」違う訳で、が絶対に叶うことのない事だし、「そんな寒いトコ」と言うのは温もりのない二次元世界とも取れる。

「僕はいつでもそばに居る 僕がこれからそばに居る」

なんてのも無理な話で。精神的なものなら話は別だけど、物理的には不可能だし。(一応言っておくと、両方とも2次元への憧れっつう意味ね。)

だから、やっぱりアルエが綾波だっていう事実を踏まえるとこの曲がどうも普通のラブソングには聴こえなくなる。

で、さらに言えば、コミックス版エヴァの扉絵に、ブランコにのっていたいけな目をしてる綾波の絵があるわけで。もうなんつうかね、手の込みようが(笑)。けどね、「(笑)」なんて書いたけど、あの扉絵をあんなふうに言語化できるのは、もう、すごいとしか言いようが無い。何がすごいかって、才能とかも然りかも知んないけど、何より綾波への愛が。だって、あの絵見ただけで

「アタシハヒトリデヘイキナノ」

なんて台詞考えつかねえもの。藤原さんにとっては、ただ自然にそういう風に見えたのだろうけど。と同時に、あの扉絵に何か大きなものを感じたのだろうとも思う。

 

んで一般の人から見たら、いやそこらの綾波ファンから見てもかなりの驚きなのは、綾波をこんな風に表現できることだと思う。だって綾波ですよ?普通に考えたらこんな明るい曲は出来ないでしょ。なのに完璧に表現できてる。それはつまり、藤原さんの中のアルエがこういう存在であったということに他ならない。ホントに「人より少しだけ不器用なだけの女の子」なの。そう、あの『綾波』が。藤原さんにとってそういう存在だったからこそ、この曲が出来た。ファンのある部分の人たちにしても、そうでない人にも、ミステリアスというか神秘的な面だけしか綾波は見てもらえ無かったのに、藤原さんは、その「ハートに包帯が巻かれている」ことを見抜いて、その上で「ほどきたい」と思った。多分綾波は本当に嬉しかったんじゃねえかと思う。シンジ君からもゲンドウさんからも、誰からもそういうことを思ってもらえなかったと思うしね。

 それで、何が1番凄いかって、これが普通の「ラブソング」である事なわけで。さっき「普通のラブソングに聴こえない」なんて書いたけれど、どこにでもあるような、普通のラブソング。まあラブソングかどうかはその人の判断だけれども。だから要するに、ほとんどの人がこれを聴いた時、それぞれ、「こな事ぃわレたぃ!」とか「こんなこと言えたらねぇw」とか「真っ直ぐだなぁ」とか「ちょっと青臭えなあ」とか思うであろうところで、それを可能にしているのが、そこにある現実と2次元関係なしの「普遍的な想い」であるわけですよ。触れる触れないとか関係ないの。顔がどうとかは(多分)関係ないの(表情とかはその類ではない)。ただ「好き」だからこそ、アルエはみんなの心に響くような曲だと思うんです。だからオリコン年間チャートでリカットにも拘らず、確か47位?なんです。

まあ何が言いたいかって、ホントアルエイイ曲だよ。これに尽きる。